輝いていたジュリー・パク

今までに出会った大勢の人の中には、付き合い方の密度に関係なく、ずっと心に残る人がいます。ジュリー・パクさんもその一人。彼女を取材させていただいた1993年の記事を下記に紹介いたします。



(1993年9月 日本と韓国を結ぶ総合誌Freelife」より)

ジュリー・パク(朴珠里)、しっかりとした歌唱力、伸びやかで艶のある歌声を持つ在日3世の歌手である。デビュー曲「ハナの想い」の「ハナ」とは「ひとつ」という意味。
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ジュリーは言う。
「この歌に、私は南北統一の願いを込めています。歌には国境がありませんから。これからいろんな歌を歌うとしても「ハナの想い」だけは、私自身の生き方も含めて、ジュリー・パクの集約として一生歌い続けていくつもり」

歌手ジュリー・パクとしての経歴は短いが、実は彼女、21歳の時から出身地大阪で大手ホテルの専属歌手として実績を積んできた。自身の出生を隠して日本名でスタンダードジャズを歌っていたのだ。

あるとき、同ホテルのショーに韓国の歌手、パティ・キムが出演した。親近感を覚えたジュリーはパティに在日コリアンであることを打ち明けた。

「じゃあ、なぜ、韓国の歌を堂々と歌わないの?」

ジュリーは答えられなかった。このことをきっかけに、韓国人と日本人の狭間で悩み続けきたジュリーは決意する。韓国名で生きることを。

その後、在日二世の母親の反対を押し切り上京、アルバイトで生活費を稼ぐ日々を経て、持ち前の粘り強さと負けず嫌いを発揮し、歌手ジュリー・パクが誕生する。

デビュー曲は、柔らかいメロディと素直な詩が溶け合った「ハナの想い」。この歌はジュリーの心そのものを捉えていたように思う。

小さな種が 風に運ばれ 見知らぬ空の下 枝を広げる
どんな大きな 森になっても 生まれた大地を忘れない
ひとつのものを ひとつのままに ハナ ハナ ハナ
二つのものは 寄り添うように ハナ ハナ ハナ


そして今年の新曲「激愛」もまたジュリーそのものだった。

「女はいくつになっても恋する気持ちを忘れてはいけないよね。最初は熱烈なラブソングで恥ずかしいなと思ったけど、歌っているうちに、この歌の通りに人を愛せたら素晴らしいなと思えるようになったんです」

ジュリーはとても素直である。歌そのものに自身の人生を重ねて感情豊かに歌いこなす。

「歌手をしていても、もし、愛する人ができたら素直な気持ちでぶつかりたい。私、子供が好きですから、結婚もしたいですし。歌手であり、母であり、欲張りですけどイイ女でもあり続けたいですね。

韓国についても彼女は熱く語った。

「韓国人は日本人に比べて情熱的で喜怒哀楽が激しいから誤解されやすいんですが、実際はお年寄りと女性を大事にする国なんですよ」

祖国について語る彼女の顔は生き生きと輝き、美しかった。

日本と韓国、二つの国の間で不安気に揺れ動いていた少女は、自分の立つ大地を見つけたようである。


私とジュリーさんは、初めて会った時から、妙にウマが合って、多分互いの大阪気質というか、思ったことを本音でがんがん言ってしまうタイプ同士であるために、波長があったのだと思います。

この記事のあと、しばらくして、素晴らしいご報告をいただきました。歌の題名ではないけれど、本当に「激愛」しちゃったのです。しかも日本人と。ジュリー・パクさんの輝くばかりの笑顔を眺めながら、恋をする女は美しいって本当なんだなと思ったことを覚えています。

大恋愛の末に結婚して、ジュリー・パクという歌手は消えました。
振り返ってみれば、もう20年近く前の出来事です。

今頃彼女はどうしているでしょうか。逞しきオモニ(お母さん)として家庭で采配を振っているのでしょうか。それとも、そろそろ歌う準備を始めているのでしょうか。

私に分かるのは、彼女は今も絶対にイイ女である、ということです。

この記事へのコメント

Ruby
2016年12月05日 13:22
私も彼女を探している一人です。Facebookでも見当たらないので寂しく思っています。この記事を読んでうれしくなりました。
25年近く前ですが、一緒に韓国舞踊の研究所で打楽器「チャンゴ」を習っていました。公演の受付で着る服がない私にご自分の改良韓服を貸してくださったり、ほんとうにお世話になりました。
ただ優しいだけでなく、凛とした強さを秘めた方ですね。
ぜひ幸せに暮らしていてほしいと願っています。
やさきも
2016年12月05日 14:59
Rubyさん、こんにちわ。

コメント、感謝です。

誰も人生であっても、明日何が起こるか分からないのだけど、私と同じく、ジュリーさんがどうしているかを思っている人がいたことに、感動を覚えます。それだけ彼女が、素敵な人だということですよね。

いつか、どこかで出会ったかもしれない方々であっても、心に残る人はいます。それぞれの人生が、良くあれと、思いました。

ありがとうございますm(__)m